乳房が痛い原因はなに?〜受診が必要なサインを乳腺専門医が解説〜
2026/5/20

乳房痛は女性の約70%が生涯に一度は経験するありふれた症状であり、乳房痛を主な訴えとして受診した人のうち乳癌が見つかる割合は2〜7%に過ぎません(StatPearls, 2024)。
多くは月経周期に連動したホルモン変動・乳腺症・筋骨格系の問題が原因ですが、「しこりを伴う痛み」「片側のみの進行性の痛み」「4週間以上続く痛み」は専門科への受診が必要です。
この記事では、乳房痛の種類・原因をエビデンスとともに整理し、受診の目安を分かりやすく解説します。
1 乳房痛とは? 知っておきたい基礎知識
乳房痛(Mastalgia)とは、乳房に生じる痛み・圧痛・不快感の総称です。
乳腺外科を受診する女性のうち、乳房痛を主な訴えとする方は全体の約45〜70%を占めるとされています(Journal of Breast Health, 2015)。「痛いから乳癌ではないか」と心配して来院される方が多くいらっしゃいますが、後述するように乳房痛だけが乳癌の唯一のサインであるケースはまれです。
乳房は痛みを感じやすい臓器
乳房は脂肪組織・乳腺組織・結合組織・血管・神経からなる複合した臓器です。女性の乳腺は月経周期に伴うエストロゲン・プロゲステロンの変動に反応して組織が膨張・収縮を繰り返すため、それ自体が痛みの原因になります。
また、乳房の後方には大胸筋(だいきょうきん)・小胸筋(しょうきょうきん)があり、姿勢・肩こり・スポーツなど筋骨格系の問題が「乳房の痛み」として感じられることも少なくありません。
乳癌の罹患状況(国立がん研究センター 2022年)によれば、女性の乳癌は年間約10万人が診断される最多のがんです。こうした背景から乳房の症状への関心が高く、乳房痛も「見逃せない症状」として認識されています。
2 乳房痛の種類:周期性と非周期性の違い
乳房痛は大きく「周期性乳房痛」と「非周期性乳房痛」の2つに分類されます。この分類は原因推測と対処法の選択に役立ちます。
| 分類 | 特徴 | 主な年齢層 | 頻度 |
|---|---|---|---|
| 周期性乳房痛 | 月経周期と連動する。排卵後〜月経前に増悪し、月経開始後に軽減 | 20〜40代(生殖年齢) | 全乳房痛の約65〜70% |
| 非周期性乳房痛 | 月経周期と無関係。持続性または間欠性の痛み | 40〜50代(閉経前後) | 全乳房痛の約25〜30% |
| 乳房外性疼痛 | 乳房自体ではなく、周囲の筋肉・軟骨・神経が原因で乳房に痛みを感じる | 全年齢 | 約10% |
周期性乳房痛の特徴
月経前2週間ほど(黄体期)から両側の乳房が張る・ズキズキする・圧痛が生じる症状で、最も頻度が高いタイプです。月経が始まると痛みが軽減します。乳腺組織がホルモン変動に対して過敏に反応することが主な原因で、特に危険なサインではありませんが、症状が強い場合は治療の対象になります。
非周期性乳房痛の特徴
月経周期との連動がなく、乳房の特定の場所に持続する・間欠的に繰り返す痛みです。乳腺症・乳管拡張症などが原因のほか、大胸筋など周囲の筋肉からの関連痛(かんれんつう)が含まれることもあります。
乳房外性疼痛(Extramammary Pain)
肋軟骨炎(ろっなんこつえん:Tietze syndrome)・肋間神経痛(ろっかんしんけいつう)・胸椎由来の痛みなどが乳房部位に感じられるケースです。押さえる場所や体位によって痛みが変化することが多く、画像や触診では乳腺に異常が見つかりません。
3 乳房痛の主な原因
乳房痛の原因は主に5種類あります。それぞれの特徴を理解することで、自分の症状をより正確に把握できます。
① 乳腺症(Fibrocystic Change)
最も多い原因の一つです。乳腺組織の線維化・のう胞形成を伴う状態で、閉経前女性に非常に多く見られます。厳密には「疾患」ではなく生理的変化の範囲内とする考え方が主流です。両側性の圧痛・月経前の乳房の張り感が典型で、超音波検査で多発する小のう胞が確認されることが多いです。
② 乳腺炎(Mastitis)・乳房膿瘍
授乳中の女性に多い哺乳性乳腺炎(ほにゅうせいにゅうせんえん)と、授乳と無関係に起きる非哺乳性乳腺炎があります。乳房の発赤・腫れ・熱感・強い痛みを伴い、発熱することもあります。膿瘍形成例では切開排膿や抗生剤治療が必要です。
③ 肋軟骨炎(Tietze症候群)
肋骨と胸骨をつなぐ肋軟骨の炎症です。胸の前面〜側面に圧痛があり、患部を直接押さえると痛みが再現されます。乳房自体には異常がなく、体位変換・深呼吸・腕の動きで痛みが変化する点が特徴です。
④ 帯状疱疹(Herpes Zoster)
水痘・帯状疱疹ウイルスの再活性化によって、乳房周囲に帯状の強い痛みが生じます。皮疹が出現する前の数日間(前駆期)は皮疹のない乳房痛として感じられるため、注意が必要です。50歳以上に多く、片側性の焼けるような痛みが特徴です。
⑤ 薬剤による乳房痛
経口避妊薬(低用量ピル)・ホルモン補充療法(HRT)・不妊治療薬は乳房痛の既知の副作用です。スピロノラクトン(降圧薬)・ジゴキシン(心疾患治療薬)・三環系抗うつ薬なども関連が報告されています。内服開始後に乳房痛が出現した場合は、担当医に相談することを勧めます。
4 乳癌と乳房痛の関係:数値で見るリスク
乳房痛から乳癌が見つかる確率
| 受診理由 | 乳癌発見率 | 出典 |
|---|---|---|
| 乳房痛を主訴に受診 | 2〜7% | StatPearls: Mastalgia, 2024 |
| 痛みのみ(しこりなし) | 0.5%未満 | StatPearls: Mastalgia, 2024 |
| 痛み+しこり・皮膚変化 | 大幅に上昇(精査必須) | 各種乳腺ガイドライン |
乳房痛が乳癌に見られる場合の特徴
乳房痛が乳癌の症状として現れる場合、その多くは炎症性乳癌(Inflammatory Breast Cancer: IBC)と関連します。IBCは全乳癌の1〜5%を占める特殊な病型で、しこりを作らずに乳房全体の腫脹・発赤・皮膚変化(オレンジの皮状:peau d'orange)が急速に進行し、痛みを伴うことがあります。「急に乳房が赤く腫れ、硬くなった」という症状は要注意です。
5 こんな乳房痛は受診のサイン(レッドフラグ)
以下に当てはまる乳房痛は、乳腺外科への受診をお勧めします。
速やかに受診すべき症状
- 乳房にしこり(腫瘤)を伴う痛み
- 乳頭からの血性・茶褐色の分泌物
- 乳房の皮膚の発赤・凹み・オレンジの皮状変化
- 乳房が急に赤く腫れ、硬くなった(炎症性乳癌・乳腺炎の可能性)
- 4週間以上続く、または悪化している痛み
- 40歳以上で乳がん検診を受けていない
- 授乳中に乳房が硬く赤く腫れ、発熱がある(乳腺炎・膿瘍)
受診を検討する症状
- 月経周期に関係なく、片側のみに繰り返す痛みがある
- 痛みで日常生活・睡眠が妨げられている
- 片側の脇の下(腋窩)にも痛み・腫れがある
- 閉経後に乳房痛が出現した(ホルモン変動が少ない時期の痛みは注意)
- 皮膚に帯状の赤みや水ぶくれを伴う(帯状疱疹の疑い)
| 症状 | 緊急度の目安 | 考えられる主な原因 |
|---|---|---|
| 乳房のしこり+痛み | ★★★ 速やかに受診 | 乳癌・のう胞・線維腺腫・感染 |
| 乳房の急激な発赤・腫脹 | ★★★ 速やかに受診 | 乳腺炎・炎症性乳癌 |
| 血性乳頭分泌+痛み | ★★★ 速やかに受診 | 乳管内乳頭腫・乳癌 |
| 4週間以上続く片側の痛み | ★★ 早めに受診 | 乳腺症・のう胞・骨格系 |
| 月経前の両側の張り感のみ | ★ 経過観察でも可 | 周期性乳房痛・乳腺症 |
6 受診時の流れと主な検査
乳腺外科を受診した際には、おおむね以下の流れで評価が進みます。
- 問診:痛みの部位・性質・月経周期との関係・持続期間・服用中の薬などを確認します。
- 視触診:乳房と脇の下(腋窩)を観察・触診し、しこり・発赤・皮膚の変化・分泌物の有無を調べます。
- 画像検査:超音波・マンモグラフィを行います。
- 精密検査:画像で気になる所見があれば、細胞診・組織診(針生検)で確定診断を行うことがあります。
主な検査
超音波検査(第一選択)
被曝がなく、どの年代でも行える安全な検査です。のう胞・線維腺腫・乳腺炎・悪性腫瘍を鑑別でき、痛みのある部位を直接観察できます。乳腺外来での最初の画像評価として広く使われています。
マンモグラフィ(40歳以上に推奨)
乳房全体を圧迫撮影するX線検査です。微細な石灰化病変の検出に優れており、超音波で見つかりにくい早期乳癌の発見に有効です。40歳以上の乳房痛症例には超音波と組み合わせて実施されることが多いです。
7 専門家からのひとこと
外来では「乳房が痛くて、乳癌じゃないかとずっと不安でした」とおっしゃって来院される方がたくさんいます。診察してみると、月経前のホルモン変動による乳腺症や、姿勢による肋軟骨炎であることが多く、「乳癌ではありません」とお伝えすると、その場でほっとされる様子が印象的です。
ただし、一点だけ注意が必要なことがあります。「痛みがある=乳癌ではない」という思い込みです。確かに乳房痛だけを症状とする乳癌は全体の中ではまれですが、炎症性乳癌のように痛みや発赤が初期症状となる特殊な病型は存在します。
「いつもの月経前の痛み」だと思っていても、しこりが伴っていないか、皮膚の変化がないかを自分でも意識してチェックする習慣を持っていただきたいと思います。気になる症状があれば、躊躇せずにご相談ください。
FAQ よくある質問(FAQ)
9 監修者・著者プロフィール
田中 完児(たなか かんじ)
リボン・ロゼ 田中完児乳腺クリニック 院長
学歴
昭和48年3月 大阪府立四条畷高校卒業
昭和55年3月 関西医科大学卒業
職歴
昭和55年4月 横須賀米海軍病院 インターン開始
昭和56年4月 関西医科大学付属病院外科学講座入局
平成7年4月 関西医科大学付属病院第二外科学講座 講師
平成8年11月 英国 Nottingham City Hospital, Breast unit 留学
平成15年4月 関西医科大学付属病院外科学講座(乳腺外科)講師
平成18年1月 関西医科大学付属枚方病院 乳腺外科・科長
平成19年4月 関西医科大学付属枚方病院 病院准教授
平成20年6月 リボン・ロゼ 田中完児乳腺クリニック 開院
免許・資格
ECFMG license of USA(米国医師免許)取得
GMC medical license of UK(英国医師免許)取得
日本乳癌学会専門医取得
日本外科学会専門医
役職
認定NPO法人 J.POSH 理事長
With you(あなたとブレストケアーを考える会)世話人
参考文献
- Laronga C, et al. Mastalgia. StatPearls. Treasure Island (FL): StatPearls Publishing; 2024. — StatPearls
- Smith RL, et al. Evaluation and Management of Breast Pain. Mayo Clin Proc. 2004;79(3):353-372.
- Ader DN, Browne MW. Prevalence and Impact of Cyclic Mastalgia in a United States Clinic-Based Sample. Am J Obstet Gynecol. 1997;177(1):126-132.
- Kataria K, et al. A Systematic Review of Current Understanding and Management of Mastalgia. Indian J Surg. 2014;76(3):217-222.
- Colak T, et al. Mastalgia—do we really need to worry about cancer? The Breast Journal. 2003;9(2):148-149.
- 日本乳癌学会. 乳癌診療ガイドライン2022年版(疫学・診断編). 金原出版. 2022. — 日本乳癌学会
- 日本乳癌学会. 患者さんのための乳がん診療ガイドライン2023年版. 金原出版. 2023.
- 国立がん研究センター がん情報サービス. 乳がん. 2023. — がん情報サービス
- Koo MM, et al. Presenting symptoms of cancer and stage at diagnosis: evidence from a cross-sectional, population-based study. Lancet Oncol. 2020;21(1):73-79.
- National Institute for Health and Care Excellence (NICE). Breast pain. Clinical Knowledge Summaries. 2023. — NICE CKS
- American Cancer Society. Breast Cancer Signs and Symptoms. 2024. — ACS
※本記事は医療情報の提供を目的としており、診断・治療を行うものではありません。症状が気になる場合は、必ず専門の医療機関を受診してください。
乳房の痛みやしこりが気になる方は、お気軽にご相談ください
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