運動習慣は乳がんのリスクを下げる? 〜「運動と乳がん予防」〜

2026/7/16


医師監修コラム

運動習慣は乳がんのリスクを下げる?

〜専門家が解説する「運動と乳がん予防」のメカニズムと続け方〜

ウォーキングで体を動かす女性のイラスト(運動と乳がん予防のイメージ)
この記事の結論

定期的な運動習慣は、乳がん(にゅうがん)の発症リスクを下げることが多くの研究で示されています。特に閉経後(へいけいご)の女性では、よく運動する人は運動量の少ない人に比べて、発症リスクがおおむね10〜20%低いと報告されています。

目安は、1週間に合計150分以上(1日30分程度)の中強度(ちゅうきょうど)の運動(早歩きなど)です。さらに、日本乳癌学会の乳癌診療ガイドラインでも、乳がん診断後に身体活動を高く維持することが強く推奨されています。この記事では、運動がなぜ乳がん予防に効くのか、どのくらい運動すればよいのかを、乳腺専門医が解説します。

1 運動と乳がんの関係(基礎知識)

「運動が健康によい」ことは広く知られていますが、実は乳がんの予防という観点からも、運動は科学的に効果が確認されている数少ない生活習慣の一つです。

世界がん研究基金(WCRF)と米国がん研究協会(AICR)は、世界中の研究を分析した報告の中で、「身体活動(しんたいかつどう)は乳がんのリスクを下げる」と結論づけています。これは食事や飲酒などと並んで、自分の意思で変えられる「予防可能なリスク因子(いんし)」として注目されています。

日本乳癌学会の乳癌診療ガイドライン2022年版でも、閉経後女性では運動が乳がん発症リスクを減少させることは「ほぼ確実」、閉経前女性では高強度の運動が発症リスクを下げる「可能性あり」と整理されています。

特に、運動には肥満(ひまん)を防ぐ効果があり、肥満そのものが閉経後乳がんのリスク因子であるため、運動は二重の意味でリスク低下に役立ちます。

2 運動でリスクはどれくらい下がる?(数値データ)

運動量が多い人ほど乳がんのリスクが低い傾向は、多くの大規模研究で一貫して示されています。代表的なデータを整理します。

区分リスクの傾向補足
閉経後の女性発症リスク 約10〜20%低下日本乳癌学会ガイドラインでは「ほぼ確実」
閉経前の女性高強度の運動で低下の可能性総身体活動の根拠は閉経後より限定的
診断後の患者乳がん死亡・全死亡リスク低下がほぼ確実身体活動を高く維持することが強く推奨
肥満との関係適正体重の維持でリスク低下に寄与閉経後の発症リスク、診断後の予後に影響
主要エビデンス
  • 日本乳癌学会ガイドライン(発症予防):閉経後女性では運動が乳がん発症リスクを減少させることは「ほぼ確実」、閉経前女性では高強度の運動でリスク低下の「可能性あり」とされています。
  • 日本乳癌学会ガイドライン(診断後):乳がん診断後の身体活動を高く維持することは、推奨の強さ1・エビデンスの強さ「中」で、強く推奨されています。
  • 診断後の予後データ:診断後の身体活動が高い人では、乳がん死亡リスクと全死亡リスクの低下が一貫して示されています。一方で、再発リスクについては低下傾向はあるものの、有意差は明確ではありません。

※数値は研究や対象集団によって幅があります。「運動すればがんにならない」という意味ではなく、リスクを下げる有力な手段の一つとお考えください。

3 なぜ運動が乳がん予防に効くのか(メカニズム)

運動が乳がんリスクを下げる仕組みには、主に4つの経路があると考えられています。

メカニズム関連する物質・状態作用
① 女性ホルモンの低下エストロゲン体脂肪が減ることで閉経後のエストロゲン産生を抑える
② 体脂肪の減少脂肪組織肥満を防ぎ、がんを促す環境を改善する
③ インスリン・血糖の改善インスリン、IGF-1細胞の増殖を促す物質の働きを抑える
④ 慢性的な炎症の抑制炎症性物質、免疫体内の慢性炎症を減らし、免疫の働きを整える

① 女性ホルモン(エストロゲン)の調整

エストロゲンは多くの乳がんの増殖に関わります。特に閉経後は、体脂肪の中でエストロゲンが作られるため、運動で体脂肪を減らすことが、エストロゲンの過剰を抑えることにつながります。

② 肥満の予防

肥満、とりわけ閉経後の肥満は乳がんの明確なリスク因子です。運動はエネルギーを消費し、適正体重を保つことで、このリスクを直接下げます。

③ インスリンと血糖のコントロール

運動はインスリンの効きをよくし、血糖値を安定させます。インスリンやIGF-1(インスリン様成長因子)は細胞の増殖を促すため、これらを適正に保つことががん予防に役立つと考えられています。

④ 慢性的な炎症の抑制

運動は体内の慢性的な炎症を抑え、免疫の働きを整える方向に作用します。炎症や免疫の乱れは、がんが発生しやすい体内環境と関係するため、運動による全身状態の改善も予防に関わると考えられています。

4 今日からできる「乳がんを遠ざける」運動習慣

世界保健機関(WHO)や各国のガイドラインに基づく、現実的な運動の目安を紹介します。難しく考えず、「少しでも体を動かす」ことから始めるのが続けるコツです。

運動量の目安

  • 中強度の運動を週150〜300分(1日30分×週5日が目安)
  • または高強度の運動を週75〜150分
  • 加えて筋力トレーニングを週2回以上

「中強度」とは、少し息がはずむけれど会話はできる程度の強さ(早歩き、軽いジョギング、サイクリングなど)です。

有酸素運動のポイント

  • 早歩き・ウォーキングは最も手軽で続けやすい(買い物や通勤を歩くだけでも有効)
  • まとまった時間が取れなくても、短い時間の運動をこまめに積み重ねてもよい
  • エレベーターを階段にする、一駅分歩くなど「ながら運動」を増やす

続けるための工夫

  • 「毎日1万歩」より、今より少し多く動くことを目標にする(達成しやすい)
  • 家事・庭仕事・子どもとの遊びも立派な身体活動
  • 座っている時間が長い人は、こまめに立ち上がるだけでも効果がある

5 乳がんと診断された後の運動

「乳がんと診断されたら安静にすべき」と思われがちですが、近年は治療中・治療後の適度な運動が、体力の維持、生活の質(QOL)の向上、がん関連の倦怠感(けんたいかん)の改善に役立つことが分かってきました。

日本乳癌学会の乳癌診療ガイドライン2022年版では、乳がん診断後の身体活動を高く維持することが強く推奨されています。診断後の身体活動が高い人では、乳がん死亡リスクや全死亡リスクが低いことが示されているためです。一方で、再発リスクについては低下傾向はあるものの、統計学的に明確な差は確認されていないため、「再発を防ぐ」とは言えません。

  • 手術や治療後の体調に合わせ、無理のない範囲で体を動かす
  • 治療に伴うだるさ(倦怠感:けんたいかん)や気分の落ち込みの改善にも役立つ
  • 腕や肩の運動は、手術後のこわばりや可動域(動かせる範囲)の改善に役立つ
  • リンパ浮腫(ふしゅ)がある・心配な場合も、医療者の指導のもとで安全に行える運動を選ぶ

ただし、治療の段階や体調によって適切な運動は異なります。必ず主治医や医療スタッフと相談しながら、自分に合った運動を取り入れてください。

6 専門家からのひとこと

外来で「乳がんを予防するために何をすればいいですか」と聞かれたとき、私が必ずお伝えするのが運動の習慣です。検診と並んで、ご自身の力でリスクを下げる方向に働く、根拠のある生活習慣だからです。

大切なのは、激しい運動を頑張ることではなく、「無理なく続けられること」です。エレベーターを階段にする、一駅手前で降りて歩く——その積み重ねが、リスクを下げる方向に働きます。

そして忘れていただきたくないのは、運動はあくまで「リスクを下げる」もので、「ゼロにする」ものではないということです。運動習慣に加えて、年齢に応じた乳がん検診を定期的に受けること。この両輪が、ご自身の乳房を守る一番の近道です。

FAQ よくある質問(FAQ)

Q. どんな運動が乳がん予防に一番効果的ですか?

A. 特別な運動である必要はなく、早歩きなどの有酸素運動が手軽で効果的です。週150分以上を目安に、筋力トレーニングも組み合わせるとより良いとされています。続けやすいものを選ぶことが何より大切です。

Q. 今まで運動習慣がなく、年齢も重ねています。今から始めても意味はありますか?

A. あります。運動の効果は始める年齢を問わず期待でき、特に閉経後の女性では、日本乳癌学会ガイドラインでも「ほぼ確実」と整理されています。まずは「今より少し多く歩く」ことから始めてみてください。

Q. 運動していれば乳がん検診は受けなくても大丈夫ですか?

A. いいえ。運動はリスクを下げますが、ゼロにはできません。早期発見のためには、運動習慣とは別に、年齢に応じた定期的な乳がん検診を必ず受けてください。

Q. 乳がんの治療中ですが、運動しても大丈夫ですか?

A. 多くの場合、無理のない範囲の運動は回復や体調管理に役立ちます。日本乳癌学会ガイドラインでも、診断後の身体活動を高く維持することは強く推奨されています。ただし治療の段階や体調により適切な運動は異なるため、必ず主治医に相談のうえで取り入れてください。

8 監修者・著者プロフィール

監修

田中 完児(たなか かんじ)

リボン・ロゼ 田中完児乳腺クリニック 院長

学歴

昭和48年3月 大阪府立四条畷高校卒業
昭和55年3月 関西医科大学卒業

職歴

昭和55年4月 横須賀米海軍病院 インターン開始
昭和56年4月 関西医科大学付属病院外科学講座入局
平成7年4月 関西医科大学付属病院第二外科学講座 講師
平成8年11月 英国 Nottingham City Hospital, Breast unit 留学
平成15年4月 関西医科大学付属病院外科学講座(乳腺外科)講師
平成18年1月 関西医科大学付属枚方病院 乳腺外科・科長
平成19年4月 関西医科大学付属枚方病院 病院准教授
平成20年6月 リボン・ロゼ 田中完児乳腺クリニック 開院

免許・資格

ECFMG Certification(米国ECFMG認証)取得
GMC medical license of UK(英国医師免許)取得
日本乳癌学会専門医取得
日本外科学会専門医

役職

認定NPO法人 J.POSH 理事長
With you(あなたとブレストケアーを考える会)世話人

参考文献

  1. World Cancer Research Fund / American Institute for Cancer Research. Diet, Nutrition, Physical Activity and Breast Cancer. Continuous Update Project Expert Report. 2018. — WCRF/AICR
  2. World Health Organization. WHO Guidelines on Physical Activity and Sedentary Behaviour. 2020. — WHO
  3. 日本乳癌学会. 乳癌診療ガイドライン2022年版(疫学・予防)BQ8 運動は乳癌発症リスクを減少させるか? — 日本乳癌学会
  4. 日本乳癌学会. 乳癌診療ガイドライン2022年版(疫学・予防)CQ8 乳癌患者に対して身体活動を高く維持することは勧められるか? — 日本乳癌学会
  5. 日本乳癌学会. 乳癌診療ガイドライン2022年版(疫学・予防)BQ7 肥満は乳癌発症リスクと関連するか? — 日本乳癌学会
  6. 日本乳癌学会. 乳癌診療ガイドライン2022年版(疫学・予防)CQ6 肥満は乳癌患者の予後に影響を及ぼすか? — 日本乳癌学会
  7. National Cancer Institute. Physical Activity and Cancer. — NCI
  8. Holmes MD, Chen WY, Feskanich D, Kroenke CH, Colditz GA. Physical activity and survival after breast cancer diagnosis. JAMA. 2005;293(20):2479-2486. doi:10.1001/jama.293.20.2479 — PubMed
  9. 国立がん研究センター がん情報サービス. 乳がん 予防・検診. — がん情報サービス

※本記事は医療情報の提供を目的としており、診断・治療を行うものではありません。症状が気になる場合や運動を始める際は、必要に応じて専門の医療機関にご相談ください。

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運動習慣とあわせて、定期的な乳がん検診も忘れずに。
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